真壁
インテリアにおける他者のあかりの気配というのは議論の余地があると思うけれども、ファサードのあかりの各戸のトーンがぼやっと見え隠れするというのは結構、さっきの角舘さん的発想で、やはり町の表情を多彩にしていくのではないかと私は思います。井上さん、どう思われますか。
井上
この集合住宅を外から見たらば、中にいろいろなあかりがあって、しかも動いたりとまったりしているという状況になるかと思うんですね。そうすると少し目立つ。今はそういう光はないですけれども、私が毎日歩いている町の中でも、ちょっと気になる光を感じるときがあるんですよね。何かとても凝った照明計画をしているわけでも何でもないんですけれども、例えば古い建物が改装されて、外壁だけ白く塗られている。特に看板もなく、外観も少し暗い感じ。そこの部屋の中がオフィスだったりすると、特にカーテンも閉めてないですから見える状態ですよね。外壁が暗いから、部屋の中が非常に目立って見えて、その中で動いている人の様子がよくわかると、何かやっぱり特別な感じなんですよね。だから今回は、そういうことなんだなと思ったんです。
また、設計させていただいた家にクライアントが住むようになってから訪ねていったとき、窓の側にいますと、例えば木漏れ日が入ってきたり、外の風景に何となく影が落ちたり、夕暮れの雰囲気が部屋の中に伝わってきたりする。家の中にいて、町のあかりとか日の光とか、そういう外の変化を感じることができると楽しいと思っています。景色のいいところでしたら、窓から外を見たり、自分の環境を楽しむ住宅というのはすごく楽しいことですから。
そして自分が外を見られるということは、外からも見られる。そういう外から見られる状態が、簡単に言えばすてきだなと思います。私が毎日の暮らしの中で、何か「あれっ」と思うような、大したことではなくても、非常にその気配が伝わってきて、こちらは向こうの人とは全然関係ない、言葉も交わさないけれども楽しませてもらうような一瞬。そういうようなことを住む人と自分が、常に外にも発散できればいいなと思います。
真壁
集合住宅があかりを媒介にしてファサードに気配を出す。開口部から光が漏れるというか、にじみ出してくる。かすかな動きではあるけれども、それが中の行為と連動したあかりである。そういう中の気配が漏れてくるというのは、新しい役割、建物の見え方になってくるでしょうね。
角舘
僕も昔この業界に入るときに、何かやはり典型的なあかりがいいなという発想があったんですけれどもね。あるとき防犯性だとか安心感だとか、そういうことを冷静に考えてみんなで議論したことがあって、特に女性が道を歩いていて何が安心するかというと、やはり人気なんです。周りに人気があると安心なんですよね。何かあったときにどこに逃げ込むかといったらコンビニだという人が多いんですよ。または「助けて」と声を出したときに、周囲の住人に助けてもらえるかという、そういう安心感が町にどれぐらいあるかというのが大事だとわかった。
そうすると例えば、一軒家の曇りガラスを透してキッチンの蛍光灯が点いているのが見えるとする。そうすると、そこのおばちゃんが今ごろキッチンで洗い物をしているのかななんて思う。そういうことがすごく大事な話なんです。
真壁
人の気配ですね。
角舘
誰も自動販売機に向かって助けてとは言わないわけですよ。でも今、時代が変わってきて、確か神奈川のほうだったと思うのですが、自動販売機にカメラとマイクみたいなものを取り付けて、そこで例えば小学生が何かあったときその自動販売機のボタンを押すと、助けを求められるというようなシステムが導入されている地区があるんですね。そうするとそこで育った小学生たちはもしかしたら大きくなってから、自動販売機を見たらすごく安心するかもしれない。
真壁
でもやはり、基本的にはまず、危険を感知する能力を身に付けないとね。角舘さんが言われていたように、敷地内にある建物の玄関が光っているほうが安心感を持てるよね。
角舘
一番大切なのは、人がいるかいないかをちゃんと認識できるのかということです。しかし集合住宅地では時々、ファサードを強固にしている家がありますよね。例えばコンクリートの塀で周囲を遮断している家があったりします。でも下町では、玄関をガラガラっと開けたらちゃぶ台が見えて、人が生活しているのがわかるような場所があります。
僕が日本人の悪いところだと思っているのは、例えば車を駐車するとか、何か物を置くとか、公共に自分がはみ出すことは構わないんだけれども、公共が自分の領域に入ってくることに対してすごい拒否反応を起こすことです。
真壁
要するに民地ということですね。
角舘
そうですね。自分の民地に何か公共のものが入り込んでくるといった瞬間に、すごく違和感を持つ。
真壁
公共の機能を果たすということも嫌がるのですか。
角舘
嫌がりますね。だからさっきの岩手県でのプロジェクトがうまくいったのはなぜかと言ったら、一度照明実験をして、地区の皆さんに見て納得していただいたからなんですね。最初は大反対される方もいましたよ。普通に新しい街路灯を1個30万かけて買ったほうがいいじゃないかとおっしゃる人ばかりだったんですけれど、実験をやってみたら、皆さんの意識ががらっと変わっていった。そういうことがありました。