角舘
では今度は僕の方から、この発想の原点として、僕が今やっていることをざっとご説明したいと思います。テーマとしてはアクティビティを可視化するということをお話していきたいと思います。この写真はパリの凱旋門の通りです。ここでは光と景観の話をしたいと思います。これは一言で言うと道が目立っているんですね。どうして道が目立っているかというと、道路に対して等間隔に同じ照明灯が連続的に直線上に並んでいるからです。
こちらはベニスの裏通りです。何がさっきの写真と違うかというと、こういうヨーロッパの古い町並みというのは石の建築で道幅が狭い。そこを防犯的に明るくしたいときに、街路灯をどこにつけるのかというと、道につけられないのでみんな建物につけましょうということになるんです。では建物のどこにつけるのかというと、自分の建物のファサードの真ん中ではなくて各コーナーにつけるんです。要するに何が言いたいかというと、さっきは道路に従って照明灯を配置しているので、道路が目立ってきた。こちらは町並みのルートに従って光を配置しているので、結果、町並みが目立ってきているんじゃないかというわけです。
ヨーロッパではこのように街が目立っているという風景は多く見られます。根本的な発想はここから来ています。
次に、あかりからの町づくりということをお話しします。これはさいたま新都心のデッキの計画です。幅20数メートル、長さが150メートル程あるデッキですが、床面が光ったりベンチの座面が光ったりしています。これは公共のデッキの計画ですが、国土交通省には公共のデッキは20ルクスの照度が必要だという基準があります。ところがこれは床やベンチ自体が発光していて、言いかえると床面の明るさを全くとっていない。日本中を探しても、公共の空間で床面の照度をとっていない場所というのはどこにもないんじゃないかと思います。
ではどうしてこれが成立したか。通常、このようなデッキの設計には当然仕様書や照明基準というのがあり、これらを守った上で何か問題があった場合は国に責任があるんです。しかし、ちょうどこのさいたま新都心のデッキが計画されたとき、その場所に合った条件で設計をしていっていいという話が出ていました。この場合、国の仕様書のとおりに設計しないわけですから、当然様々な責任は設計者、施工者、管理者に発生してきます。
ではさいたま新都心デッキはどのように計画されたのか。それまでの照度基準というものに対して、「人がつまずかないで歩ける」という条件を出しました。「人がつまずかないで歩ける」ということは、言いかえると「転ばない」。「転ばない」ということは「けがをしない」。要するに夜間のデッキに求められる最低限の性能を満足する空間をつくりましょうという計画がされました。暗くて気持ち悪いとか、明るくて気持ちいいとか、そういう主観的なことを一切排除していった結果の計画でした。
ここで、日本の歩行者のための照度基準についてお話します商業地域の交通量の多いところ、交通量の少ないところ、住宅地域の交通量の最も少ないところと、交通量に比例して照度基準が設定されています。これはすごく当たり前のように感じるのですが、ここに大きな落とし穴があると思うのです。
防犯性という視点から考えてみましょう。女性が道を歩いていて、いつが一番怖いのか。それは自分の家に帰る深夜です。要するにこういう住宅地の交通量の少ないところが一番怖いんですね。ところが今までの日本の基準だと、住宅地の交通量の少ないところが一番暗くていいという感覚です。しかし防犯性を基準に考えた場合、実は住宅地の交通量の少ないところを明るくしてあげて、人気の多いところはそんなに明るくする必要がないのではないかと考えられるのです。
ここで、横浜の元町仲通りのプロジェクトをご紹介します。これが現状の写真なのですが、電信柱に防犯灯がずらっと並んで道が明るい。しかし、実は道はそれほど明るい必要はないんじゃないか。横浜や東京などはバリアフリーで道のほとんどが整備されていて段差がないんですよね。ほとんど下を見て歩くことがない。では何が必要か。このとき予想したのは、まず街路空間の境界部分です。要するに空間の境界をちゃんと認識できるということがまず、安心感につながるのではないかと考えました。それは言いかえれば、そういうところに人が隠れているかとか、そういうことの防止にもなるのではないかと、最初は模型をつくってシミュレーションしました。そして実際に町で実験をしました。
どういう実験をしたかというと、その町の電信柱についている20ワットの蛍光灯の防犯灯を全部消したんです。そこでアンケート調査をしたら、防犯照明を消したほうが安心感が増したという結果が出たんですよ。「見通しが良くなった」とか「周りがよく見えるようになった」とか、そういう項目が飛躍的に挙がりました。要するに防犯性を高めるために防犯灯を設置しているんですけれども、それを消したほうが元町仲通りという場所では安心感が増すという、すごく皮肉な結果になりました。
この安心感をさらに増幅させようということで、ワークショップをやりました。道に対して凹んでいるところ、こういうところを私どもはボイド(void)と呼んでいるのですが、そのボイドのところをちゃんと認識できるように光を置いていったらどうなるのかということをしました。結果から言えば、道が明るいよりもそういうボイドが明るいほうが非常に安心感が増すという結果になりました。この元町仲通りというところでは、今までの照度基準に対して空間認知と対人(ひと)の認知がちゃんと満足できれば安心感につながるということがわかりました。
同じようなプロジェクトを岩手県の大野村というところでやりました。まず、道が明るいのではなくて町を認識するという選択肢もあるんですよということを、住民の人に実験を通して見ていただくことにしました。当初は当然、官民協力という形で整備できないだろうかと考えましたが、まだ日本では時期尚早で、なかなかこれが実現化できない。そこで今回は、敷地の建物際を皆さんで整備しましょうということにしました。これによって何が変わるかというと、光が全部、道際ではなくて敷地に入り込んだところに点在しているんですね。この光は、この古い田舎の町並みに合わせた光であり、言いかえたらこれは町が目立っているんじゃないかと思いました。
同じようなプロジェクトを川越の一番街通りというところでもやりました。夜に人のいるような雰囲気を町につくりましょうというプロジェクトで、具体的には、通り沿いに歴史的建造物が並んでいるのですが、夜間も屋内のあかりを点けたままにしました。ここでもやはり女性にアンケート調査をすると、断然こちらのほうが安心するという結果になっています。犯罪が少なくなるかどうかというのは別として、最低限でも抑止力があるのではないかと思います。今ここに見えている光はライトアップではなくて人気をつくっている光ですが、こういう状況ならば非常に安心して女性が歩ける。ということはまた、こういう状況をつくることで、川越の歴史的建造物という財産を、夜間も住民に還元できるのではないかという考え方です。
これは富山県側の五箇山というところでやったプロジェクトです。世界遺産の合掌づくりとして有名なのは白川郷ですけれども、実は岐阜県側の白川郷と富山県側の相倉(あいのくら)集落と言われているところが一緒になって世界遺産で登録されているんです。今回、この富山県側のコマーシャルをしたいというお話があって、地元の観光協会の方といろいろ話をしていきました。ここもライトアップではなくて、人気をつくって安心感を増すような、防犯性を高めるような光環境を実験的にみんなでつくっていくということをやりました。
真壁
ストリートとあかりの最新の考え方という、大変興味深いお話でしたが、私は今から25年ぐらい前に槇文彦さんが書かれた、SD選書の『見えがくれする都市』という本を思い出しました。共同研究でしたが、その中に奥の思想というのがあります。都市は平たんでフラットなものではなく、見え隠れしながら奥行きを感じるという思想で、角舘さんのプロジェクトでも、街路灯に代わって民地、つまり私有地の壁に照明をつけることにより、実質的な道幅を広く感じられて、しかもあかりのボリュームのリズムが生まれている。やはりこれも槇さんがおっしゃった見えがくれの思想に合致するような試みなんだなと、非常に新鮮に受け止めました。
このように角舘さんの気配論というか、気配に対するあかりの捉え方というのが広がったということですね。では続けてください。