真壁
「くらしとあかり」のエキシビションの、今回は5回目になるのですが、2007年、このプロジェクトを発足するときに、まず建築家が、「くらしとあかり」のイメージとして今の自分たちの建築、あるいは住宅の中でのあかりのイメージをスケッチしました。棚瀬さんのそのときのプライマリースケッチというのは、とても強烈でインパクトのあるものでした。要するに、積極的に暗がりをつくることで、ぼやーっとした場所感覚をつくりたい。あるいは、家族がともに生活しているのだけれども、緩くつながりながら、それぞれの自立的な時間なり居場所というものも確保できる。そういうものを提案していた。
それに対して照明家のほうでは中島さんが、当初から、これは舞台的なライティングテクニックが鍵になるだろうという考えがあり、この2人の組み合わせが実現したわけです。
私が一番申し上げたいのは、2007年での時点でのアイデアが寸分ぶれずに今日を迎えられたというのは、画期的なことではなかろうかと思うのです。それは当初から、技術的なフォローの裏づけが明確だったということもあるのでしょうけれども、いかにスマートに最初のイメージを実現するかということに非常に真摯に取り組んだから、今日この場をつくることができたのだと思います。
あかりの近代化、モダニズムというのは、ある意味では隅々までむらなく平滑にあかりを配光していくことであったわけです。ポストモダンも含めて、モダニズムのある行き詰まりというのは、そうして生まれた平滑なあかり、均質なあかりというものに対する限界でもある。
そこで今日のこの場というのは、光を使いながら影をつくっているという、極めて逆説的な空間の中で私たちが求めているような、くらしの質というものを十分に味わっていただけたらなと思います。
棚瀬さんのこの最初のアイデアというのは、彼がSANAAの事務所から深夜に帰宅して、パチンと電気をつけることが家族にストレスを与えるという、彼の優しい配慮から、何か緩い場所のつながりとか、ぼやーっと闇が存在するようなくらし方ができないだろうかと発想したわけです。
あかりを駆使して、闇というか、ちょっとしたシャドーをつくりながら、場所を緩く分節していくという、今回の新しい試みをぜひ味わっていただきたい。恐らくこれは、技術的にはまだ完成度の高いものではないのですけれども、この発想というのは、非常にこれから活きてくるのではないかと思います。伊藤さんから今回のエキシビションの照明上の見どころをお話しいただけますか。
伊藤
実行委員の1人の照明デザイナーの伊藤と申します。

今回は、先ほど真壁さんがおっしゃったように、影をつくっていくということが一番のテーマになっているわけです。普通、照明デザインというのは、明るい場所をつくっていくというのがどちらかというと多いわけです。積極的に影をつくる、それも形のある影を光によってつくるということは、ほとんどされていなかったんじゃないかと思います。どうしたらいいんだろうというのは、中島さんもきっと随分悩んだと思うんですけれども、今回はピンスポットという照明器具を使ってこの影をつくっています。
普通、ピンスポットというのは明るいポイントをつくるために使われる照明器具です。それを使いながらも影をつくっている。この不思議さが今回の照明デザインの上では一番おもしろい効果だと思います。
真壁
では棚瀬さん、この「くらしとあかり」のプライマリースケッチを描いたイメージも含めて、この空間の成り立ちについて、どんなことを考えたのか、お話しいただけますか。
棚瀬
ふだん、私はSANAAという事務所におりまして、そこで設計をしています。今は、ルーブル美術館の分館を担当しています。また、片方で自分個人のプロジェクトもやっており、今回、真壁さんに招待していただいてこういう機会を与えていただいたことは、僕としては本当にうれしい限りだと思っています。
先程、ほとんどのことを真壁さんが説明してくださったのですが、空間はすごく簡単というのか、わかりやすいものになっていると思います。ちょうど話にあったように、家に帰って電気をつけると子供を起こしてしまうのが、何とかならないかと考えたことがありました。
僕の家はすごい広いワンルームなんですよ。そうすると、ベッドルームのあかりを消していても、自分の机のあかりをつければベッドルームまであかりが届いてしまう。そういうバックグラウンドがありました。その場所その場所に合う照明というのは確かにあるし、台所だったら明るいあかり、居間には暖かいあかりとかあると思うのですけれど、それが、その場所じゃないところにすごく影響があるなということをいつも思っていて、何とかならないかと思っていました。
今回のエキシビションでやったのは、一つは光をある意味制御するということ。あと、そこに影をつくって場所をつくる。その影の場所が周りのあかりの空間とは少し違うような感じになるようにできないかと思いました。
実験の途中から、影は何とかうまく出るだろうと思っていました。影の向こう側とこちら側は、何となく分かれている感じになっていると思います。そして、実際にやってみてすごくおもしろいなと思ったのは、逆に影の中に入るということです。影の中で寝ると、照明器具は見えるんだけれど、何か暗い。そういう影で自分の周りが覆われていると、とても落ちつく。実体験として、それはすごい驚きがありました。
だから初めのスケッチのときは、分けるだけという考え方だったのですが、実際の展示では、ベッドの上を暗くしました。