真壁
乾さんのプロポーザルのもう一つの核になっているのは「明るい洞窟」「暗い洞窟」という、そこにある光への、あるいは明るさへの驚きと快適さというものを志向しているわけです。
だから本来は、花の植わっていない状態で皆さんに自在に歩いてもらったり横たわってもらいたいのが本音ですが、光学的にも照明の技術としても、このおもしろさを視覚化する意味で、今は花が挿してあるわけです。
乾
「光の洞窟」「暗闇の洞窟」というのは、真壁さんが突如思いつかれたものですね。私もとてもその言葉がいいなと思ったのでコンセプトにそのまま使用させていただいています。

洞窟というのは三次元的なボリュームです。岩の中に不定形の雲のような空洞の塊が浮いているという状況が洞窟というイメージだと思います。
「光の洞窟」「暗闇の洞窟」というのは不思議な言葉です。一般的に光というのはとても指向性が強くて、一直線に進んでいくものを私たちは見ています。例えばスポットライトは円錐状に光が進みます。空間が霧にでも満たされていない限りその円錐形の形そのものをみることはしませんが、日常では、例えば壁にある照明のスカラップなどを見て、光の直線性を見てしまうわけです。そうした、光の直線性みたいなものを打ち消して、もう少しやわらかい感じのものに変化させたいと思ったのです。
光を雲みたいな感じにするためにいろいろなことをやっています。まず「暗闇の洞窟」のほうを先にご説明しますと、ところどころ床の色が黒くなっているエリアがあると思います。第5回エキシビションの棚瀬さんのアイデアに近いのかもしれませんが、通常、「地」としてしか現われてこない暗い闇が「図」として現れる状況をつくっています。闇の境界線がぼんやりとしたものになるようにつくっていますが、そうすることで直線の光線でつくられた感じには見えないようにして、闇が暗闇に3次元的に浮いているような感じを出そうとしました。
次に「光の洞窟」のほうですが、この床は同じグレーで塗っているわけではなく、50%ぐらいのグレーから100%の黒まで、様々な色で塗装した板で構成されています。その色をどう塗り分けているかと申しますと、スポットライトの真下、ちょうど光の中心に100%の黒を置き、スポットライトの影響が少なくなるに従って明るいグレーを置いていくというようにしています。つまり、スポットライトが当たっている状況を反転させた絵をこの床にかいているというふうに思っていただければいいです。そうすることによって、床にスポットライトでできる光の影響を最小限に抑えようとしました。ちなみに実際に絵を描いたというよりは、150 角のタイルで点描画的につくっています。
先程、床と花の関係にずれがあると申し上げました。それはどういうことかと言いますと、床は今申し上げたようにスポットライトの影響が最小限になるように調整をしています。それに対して、花には何も調整をほどこしていないので、スポットライトの影響を直接に受けた花を見ている状況になります。調整された床と調整されていない花とでは、見た目に光の当たっている状況が違いますから、両者の間に光のあたり方のずれを感じるわけです。
そういうややこしい操作で光の直線性がふっとかき消えて、光が三次元的な雲みたいなものとしてぷかぷかと浮かんでいるイメージになればいいなと思ったわけですが、「光の洞窟」「暗闇の洞窟」というタイトルはその感じがとてもよくでていると思っています。
真壁
伊藤さん、これをリアライズしていく過程の中で照明の技術的な常識といいますか、それに縛られたり、そこから逸脱しなければ前に進めないような場面がすごくあったと思いますが、いかがでしたか。
伊藤
そんなに逸脱する必要もなかったのですが、最初に乾さんから「光の洞窟」という話をいただいたときに、すぐに事務所で実験をしてみて、何とかなるなというのはつかみました。
これは結局どういうことをやっているのか、もう少し照明的にお話します。まず、照度と輝度についてご説明しておきます。照度は、その場所にどのくらいの強さの光が届いているかということをあらわす単位です。輝度は、例えば物に光が当たって、その物がどれだけ光を反射したか、あるいは光源がどれだけ光を放っているかということ。要するに、人間の目に飛び込んでくる光をとらえています。今回のエキシビションでは、照度と輝度をうまく調整することによって、光が当たっているけれども、床の明るさはフラットに見えるようにしようという意図だったわけです。
要するに、照度が高いところの床を黒くすれば、そこの光は吸収されて、光が当たっていても当たっていないように見える。逆に、白っぽいところは本当に少しの光でも明度が上がってしまう。ちょうどうまくバランスのとれたところをとらえてフラットに見せる、そういう操作をしたわけです。
私自身、それは技術的にそんなに困難なことではないと最初は思っていたのですが、やはりやってみると乾さんは相当苦労されたと思います。途中、タイルを150角にするというご提案をされたときは、とても新鮮でした。

つまり、普通になめらかなグラデーションを床につくってしまえば、かなりフラットな明るさになったと思います。しかしそれほどおもしろくはならなかったかもしれない。150角に分けたことによって、150角の中でまたグラデーションができた。これがとても新鮮でした。スポットライトを消せば、150角の中でのグラデーションは消えてしまいます。光が当たって初めて150角の中でおもしろいグラデーションができる。これが新しい発見だったような気がします。
私は光のことばかり考えているのでそういう見方をしてしまうのですが、一見フラットなグレーに見えるのですが、光が当たっているところはやはり何かエネルギーを感じます。それは少し、おもしろいなと思いました。人は、もちろん視覚的に、シーンとしては輝度で感知するんですけれども、光のエネルギーというのは照度で感知しているのかなと思いました。
それともう一つ、光は暗い床に当たると吸収されてしまうのですが、何かたまっているような気がする。それは単に暗いということではなくて、暗いけれども、そこに光があれば、その空間には何かエネルギーが生まれてくる。そんなことを、やっている最中に感じました。
真壁
それはなかなかおもしろい指摘ですね。あかりの磁場といいましょうか。ここをくらしのスペースとしてとらえていくときに、体のオン・オフというか、弛緩状態と緊張状態というか、あるいはエネルギーが注入されたりというダイナミックな関わりが出てくるかもしれないですね。
乾さんは、こういう空間を一度つくってみて、住宅での中でくらしのシーンというのはどのようにイメージされますか。